最高裁平成31年2月19日判決:不貞相手への離婚慰謝料を原則否定
(本稿は当事務所の代表弁護士重次直樹が作成しました)
【目次】
最判平31.2.19の概要
事案の概要 ☞こちら
前提となる法理論 ☞こちら
問題の所在 ☞こちら
コメント ☞こちら
全文 ☞こちら
最判平31.2.19の概要
・不貞相手に200万円の離婚慰謝料の請求を認めた原判決を破棄,慰謝料請求を認めず(5名の裁判官の全員一致)
・夫婦の一方は,他方と不貞行為に及んだ第三者に対して,特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を請求することはできない
・離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄
・夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は,これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても,直ちに,当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはない
・第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは,当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られる
【コメント】
法律関係の早期安定を重視した判決と言えます。また,共同不法行為者間の連帯責任の視点より,婚姻関係は夫婦間の問題という視点が重視された内容です。
最判昭46.7.23が,夫婦間の損害賠償請求について,離婚成立前に個別の違法行為や破綻があったとしても,離婚未確定の段階では損害を知りえたとは言えず,離婚成立時にはじめて不法行為と損害を知ったことになり,消滅時効の進行が開始する,と判断したこととの,理論的整合性が問われる内容です。
明示はされていませんが,第三者の不貞行為は,例外的場合を除いて,夫婦間の問題である離婚との因果関係が否定される,という解釈は可能だと思います。
同じく夫婦間の問題といえる「別居」「破綻」についても,影響がありうる内容です。
事案の概要
・平成6年3月 XとAは入籍,同年8月に長男,平成7年10月に長女が誕生
・XはAと同居していたが,仕事のため帰宅しないことが多く,AがYの勤務先に入社した平成20年12月以降は,Aと性交渉がなかった
・Yは平成20年12月頃Aと知り合い,平成21年6月以降,Aと不貞行為
・Xは平成22年5月頃,YAの不貞を知る。Aはその頃,Yとの不貞解消,Xと同居を続ける
★平成25年5月頃:不貞を知って3年経過★
・Aは,平成26年4月頃,長女(末子)大学進学を機にXと別居,その後,半年間,Xと連絡取らず
・Xは平成26年11月頃,調停申立て,平成27年2月,Aと調停離婚が成立(不貞発覚・不貞解消から約4年9か月)
※不法行為の消滅時効は,損害及び加害者を知ってから3年
前提となる法理論
1 有責配偶者に対する他方配偶者の慰謝料請求権
夫婦の一方は,他方に対し,その有責行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由としてその損害の賠償を求めることができる(最判昭31年2月21日ほか)
2 不貞相手方に対する慰謝料請求権
「夫婦の一方の配偶者と肉体関係を持った第三者は,故意又は過失がある限り,右配偶者を誘惑するなどして肉体関係を持つに至らせたかどうか,両名の関係が自然の愛情によって生じたかどうかにかかわらず,他方の配偶者の夫又は妻としての権利を侵害し,その行為は違法性を帯び,右他方の配偶者の被った精神上の苦痛を慰謝すべき義務がある」(最判昭54年3月30日,民集33巻2号303頁)。
3 共同不法行為
不貞を行った相手方配偶者への請求権(前記1),第三者への請求権(前記2)の関係は,共同不法行為による連帯債務(不真正連帯債務)となり,被害者である配偶者は,両方に請求することもでき,どちらか一方に請求することも出来ます。
☞ 詳細は、当事務所の浮気/不倫の慰謝料のサイトをご参照ください。
4 不法行為の消滅時効(民法724条前段)
不法行為による損害賠償の請求権は、被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から三年間行使しないときは、時効によって消滅する。
5 離婚慰謝料の消滅時効の起算点
最判昭46.7.23は,離婚当事者間の不法行為に基づく損害賠償請求について,個別違法行為を理由とするのではなく,離婚をやむなくされ精神的苦痛の損害賠償を求める場合,このような損害は離婚が成立してはじめて評価されるから,個別の違法行為や婚姻関係の客観的破綻があったとしても,離婚未確定の段階でその損害を知りえたとは言えず,離婚が成立したときにはじめて,離婚に至らしめた相手方の行為が不法行為であることを知り,かつ,損害の発生を確実に知ったことになる
= 離婚自体による精神的苦痛の損害賠償請求権については,消滅時効が進行するのは離婚成立時から
と判断しました。
(原文)本件慰藉料請求は、上告人と被上告人との間の婚姻関係の破綻を生ずる原因となった上告人の虐待等、被上告人の身体、自由、名誉等を侵害する個別の違法行為を理由とするものではなく、被上告人において、上告人の有責行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被つたことを理由としてその損害の賠償を求めるものと解されるところ、このような損害は、離婚が成立してはじめて評価されるものであるから、個別の違法行為がありまたは婚姻関係が客観的に破綻したとしても、離婚の成否がいまだ確定しない間であるのに右の損害を知りえたものとすることは相当でなく、相手方が有責と判断されて離婚を命ずる判決が確定するなど、離婚が成立したときにはじめて、離婚に至らしめた相手方の行為が不法行為であることを知り、かつ、損害の発生を確実に知ったこととなるものと解するのが相当である。(以上,最判昭46.7.23原文引用)
今回の最高裁判決では,この最判昭46.7.23や共同不法行為論との整合性が,最も問題になると思われます(最判昭46.7.23の判示と,共同不法行為の理論によれば,原審・原々審の判断が常識的と思われます)。
そもそも,貞操義務違反は夫婦間の問題であり,不貞相手の第三者に責任を負わせ,慰謝料を請求することが妥当か,という問題があります。第三者への請求を認めない諸外国や学説が多いことも,付言します。
問題の所在
今回の最高裁判決は,原審(高裁判決)・原々審(地裁判決)と判断が分かれました。それだけ,微妙な問題を含んでいました。
1 離婚・別居に至るか否かで,精神的苦痛の大小が変わるという考え方
これまでの一般的には,不貞行為により別居や離婚に至った場合に,精神的苦痛もより大きくなり,慰謝料の金額も増える,と考えられてきました。
不貞により悪化した夫婦関係が,遂に離婚に至った時点で,初めて損害総額が分かる,という考え方(前記の最判昭46.7.23ご参照)や不貞行為が共同不法行為になる考え方(判例・通説)からは,離婚が決まった時点で,初めて,消滅時効に関する民法724条前段にいう「損害を知った時点」になる,という考え方が自然に見えます。
前記の最判昭46.7.23があるため,原審,原々審を含む,これまでの不貞慰謝料の考え方の主流が,このような立場だったかもしれません。
2 不貞を働いた第三者の立場の不安定
他方,不法行為の消滅時効は3年であり,不貞行為による精神的苦痛の総額が,(第三者には関与できない)婚姻関係が解消されるかもしれない間,いつまでも確定しないのでは,消滅時効期間を3年とした趣旨に反し,第三者の立場を不安定にして,不当にも見えます。また,離婚に至る理由はさまざまですから,全てに不貞行為を働いた第三者が共同不法行為責任を負うとは言えません。法律関係の早期安定の観点からは,婚姻関係が解消されてから時効が進行するのでは,不都合となります。
特に,本件のように,不貞発覚や不貞解消から離婚まで,約4年9か月もかかっている場合,第三者の立場が不安定になることは明白です。
3 いろいろな考え方と利益較量
(1)本件のように不貞から離婚や慰謝料請求まで長期間が空いている場合,離婚と不貞の因果関係の問題として処理すればよく,消滅時効の起算点を早める必要はない,という考え方もあり得ます。
もっとも,因果関係について,個々に審理・判断するまでもなく,原則は認めない(例外も極めて限定される)という判断を示した判決,という解釈も可能です。
(2)他方,不貞の慰謝料は不貞発覚の時点で請求できるのだから,第三者に対しては,その時点で請求するよう求めることは,不合理ではない,という考え方もあり得ます。
これに対しては,不貞時に200万円,離婚時に50万円といったように,細切れに請求することを被害者に求めるのは,被害者に酷であり,他の事案とのバランスを欠き,適切でない,という考え方もありえます。
コメント
1 法律関係の早期安定と,審理負担の軽減
本件最高裁判決には,特に被害者保護の観点からは,批判も出ると思われますが,実務的への影響は大きく,法律関係を早期に安定させる効果があります。
また,不貞慰謝料として認められる金額が低くなる可能性があります。
裁判所の審理負担は軽くなるでしょう。
2 現在,処理中の案件への影響
私(弁護士重次直樹)が受任中の事案にとっては,悪くない判決でした。
請求されている事案,請求している事案,双方あります。
請求している事案は,不貞行為を行った第三者が,当該夫婦を離婚させることを意図して積極的に強く働きかけている悪質ケースです。
ですから,本件判決によっても,離婚慰謝料を請求できる可能性が高そうです。
他方,請求されている事案は,いずれも,不貞行為を行った第三者が,当該夫婦を離婚させることを意図して,積極的に強く働きかけておらず,むしろ,不貞をされた側の配偶者が,不貞行為より前に,離婚を主張しており,夫婦関係が不貞以前から相当悪化ないし破綻していた事案(複数)です。
ですから,本件判決によれば,離婚慰謝料を請求される可能性は全くない事案であるか,極めて低い事案です。
本判決の考え方を延長すれば,離婚慰謝料だけでなく,別居や破綻の慰謝料についても,原則として第三者には請求できない,又は,請求できる場合が限定される,と考えるのが自然です。
全文(最判平32.2.19)
【参考サイト】 判決全文を掲載した最高裁ホームページ
平成29年(受)第1456号 損害賠償請求事件
平成31年2月19日 第三小法廷判決
主 文
原判決を破棄し,第1審判決中上告人敗訴部分を取り消す。
前項の部分につき被上告人の請求を棄却する。
訴訟の総費用は被上告人の負担とする。
理 由
上告代理人滝久男の上告受理申立て理由4について
1 本件は,被上告人が,上告人に対し,上告人が被上告人の妻であったAと不貞行為に及び,これにより離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったと主張して,不法行為に基づき,離婚に伴う慰謝料等の支払を求める事案である。
2 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
(1) 被上告人とAは,平成6年3月,婚姻の届出をし,同年8月に長男を,平成7年10月に長女をもうけた。
(2) 被上告人は,婚姻後,Aらと同居していたが,仕事のため帰宅しないことが多く,Aが上告人の勤務先会社に入社した平成20年12月以降は,Aと性交渉がない状態になっていた。
(3) 上告人は,平成20年12月頃,上記勤務先会社において,Aと知り合い,平成21年6月以降,Aと不貞行為に及ぶようになった。
(4) 被上告人は,平成22年5月頃,上告人とAとの不貞関係を知った。Aは,その頃,上告人との不貞関係を解消し,被上告人との同居を続けた。
(5) Aは,平成26年4月頃,長女が大学に進学したのを機に,被上告人と別居し,その後半年間,被上告人のもとに帰ることも,被上告人に連絡を取ることもなかった。
(6) 被上告人は,平成26年11月頃,●●家庭裁判所●●支部に対し,Aを相手方として,夫婦関係調整の調停を申し立て,平成27年2月25日,Aとの間で離婚の調停が成立した。
3 原審は,上記事実関係等の下において,要旨次のとおり判断し,被上告人の請求を一部認容すべきものとした。
上告人とAとの不貞行為により被上告人とAとの婚姻関係が破綻して離婚するに至ったものであるから,上告人は,両者を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負い,被上告人は,上告人に対し,離婚に伴う慰謝料を請求することができる。
4 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。
(1) 夫婦の一方は,他方に対し,その有責行為により離婚をやむなくされ精神的苦痛を被ったことを理由としてその損害の賠償を求めることができるところ,本件は,夫婦間ではなく,夫婦の一方が,他方と不貞関係にあった第三者に対して,離婚に伴う慰謝料を請求するものである。
夫婦が離婚するに至るまでの経緯は当該夫婦の諸事情に応じて一様ではないが,協議上の離婚と裁判上の離婚のいずれであっても,離婚による婚姻の解消は,本来,当該夫婦の間で決められるべき事柄である。
したがって,夫婦の一方と不貞行為に及んだ第三者は,これにより当該夫婦の婚姻関係が破綻して離婚するに至ったとしても,当該夫婦の他方に対し,不貞行為を理由とする不法行為責任を負うべき場合があることはともかくとして,直ちに,当該夫婦を離婚させたことを理由とする不法行為責任を負うことはないと解される。
第三者がそのことを理由とする不法行為責任を負うのは,当該第三者が,単に夫婦の一方との間で不貞行為に及ぶにとどまらず,当該夫婦を離婚させることを意図してその婚姻関係に対する不当な干渉をするなどして当該夫婦を離婚のやむなきに至らしめたものと評価すべき特段の事情があるときに限られるというべきである。
以上によれば,夫婦の一方は,他方と不貞行為に及んだ第三者に対して,上記特段の事情がない限り,離婚に伴う慰謝料を請求することはできないものと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,前記事実関係等によれば,上告人は,被上告人の妻であったAと不貞行為に及んだものであるが,これが発覚した頃にAとの不貞関係は解消されており,離婚成立までの間に上記特段の事情があったことはうかがわれない。したがって,被上告人は,上告人に対し,離婚に伴う慰謝料を請求することができないというべきである。
5 これと異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人の請求は理由がないから,第1審判決中上告人敗訴部分を取り消し,同部分につき被上告人の請求を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 宮崎裕子
裁判官 岡部喜代子
裁判官 山崎敏充
裁判官 戸倉三郎
裁判官 林 景一