子の引渡しの強制執行,最高裁の通知とその報道について
子の引渡しの強制執行について,最高裁は平成25年6月14日,各高等裁判所事務局長宛に協議結果要旨を送付しています。
これについて,日経新聞社は下記のように報じています。
日経新聞社のサイトの上記表では,
・親が子供を抱きかかえて抵抗 執行の可否 × 子供にけがをさせたり精神的なダメージを与える恐れがあり,認められない
とされています。
しかし,そうだとすれば,強制執行とは名ばかりとなり,子供を抱きかかえて抵抗すれば,執行不能に持ち込めることになってしまいます。
では,実際の最高裁の通達には,どのように書いてあるのでしょうか?
「先に,東京,大阪,広島,福岡及び札幌の各高等裁判所で開催された表記の協議会における協議結果要旨を別添のとおり送付します。
ついては,この協議結果要旨を管内の地方裁判所の裁判官及び執行官のほか,関係職員に配布していただき,各庁における今後の議論の参考に適宜御活用いただけるようよろしくお取り計らいください。」
つまり,協議結果要旨を,今後の議論の参考に活用してください,としか言っていません。
今後の議論の中で,
・協議会の結果要旨の通りでは,強制執行とは名ばかりになってしまう
・裁判所の決定を平然と無視する者が出てきた場合に不都合である
・ハーグ条約の実効性を失わせるものだ,
などの反対意見も出ることは充分に考えられます(懸念を表明するサイトも既に見られます。私も懸念を有しています)。
また,参考に活用することを求められた協議結果要旨においても,日経新聞記事のような断定的な表現は使われていません。
「具体的事案においてそのようなおそれ(註:子どもにけがをさせたり,精神的なダメージを与えたりするおそれ)が認められた場合には,威力を行使することは難しく」(註は当事務所)
とされています。
以上をまとめますと,現場の執行官(※)の判断により,具体的事案において,子どもにけがをさせたり,精神的なダメージを与えたりするおそれが認められた場合には,威力行使は難しい,という協議結果要旨を紹介し,今後の議論の参考にして欲しい,というのが,最高裁の通達の内容です。
註:執行官は独立かつ独任制の執行機関であり,執行事件の処理に関し,原則として執行裁判所の直接の指揮を受けることなく,自己の判断と責任において権限を行使します。
ところが,日経新聞社は上記の表のように,親が子供を抱きかかえて抵抗した場合には,子供にけがをさせたり精神的なダメージを与える恐れがあり,執行は認められない,と断定的に報道しています。
そして,上記の報道は拡散され,不正確な報道をそのまま引用しているサイトが法律家のものを含めて多数見られました。
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不正確な内容で報道がされている最高裁の通知ですが,正確には,最高裁判所事務総局民事局が各高裁事務局長に充てた通達(庶ろー03)で,参考にするように添付されている書類名は,「平成24年度 民事執行事件担当者等協議会及び執行官関係協議会 ~子の引渡しの強制執行等の適切な運用について~ 協議結果要旨」です。
その内容は,今後の運用に影響を与えるものと思われます。
しかし,最高裁は「今後の議論の参考に適宜御活用いただけるようよろしくお取り計らいください」としている段階です。
仮に,協議会結果要旨に示される通りであれば,子の引渡しの強制執行の実効性は大幅に失われますが,それでも,協議会結果要旨では,現場の執行官の判断において,「具体的事案においてそのようなおそれが認められた場合には」との限定があります。
報道はさらに不正確で,あたかも最高裁が,親が抱きかかえた場合には執行できないと通知したような報道になっています。
上記の報道を受けて,子の引渡しを命ずる決定を無視し,報道通りと誤解して,抱きかかえによる抵抗を試みる債務者が実際に現れています。
私は,ハーグ条約やその実施法によって,国内事案において,子の引渡しの強制執行が困難になり,裁判所の決定が容易に無視されて,ひいては自力救済を誘発するような事態は避けるべきだと考えます。
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なお,子どもを抱きかかえて強制執行を妨害する行為に対しては,刑法の次の条文が抑止になるでしょう。
刑法96条の3(強制執行行為妨害等)
偽計又は威力を用いて、立入り、占有者の確認その他の強制執行の行為を妨害した者は、三年以下の懲役若しくは二百五十万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。
強制執行行為妨害罪に該当する行為は,懲役3年以下の法定刑が定められた刑事犯罪行為であり,現行犯逮捕さえ可能,ということになります。
該当行為を教唆した者も,懲役3年の刑に処せられる可能性があります。
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不正確な報道に基づき,子どもを抱きかかえさえすれば,直接強制は不能に終わる,と誤解する債務者,債権者,弁護士,裁判官,執行官などが増えないよう,正確な通達の内容を紹介した次第です。
文責:代表弁護士 重次直樹